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2009年11月29日

「愛犬の恨み事件」あなたはどう読む?

今月26日に報道された元厚生次官等の連続殺傷事件の初公判で、殺人などの罪に問われた小泉毅被告が述べた意見の中に「エゴで満たされている人間には、私の事は理解出来ない」という一文がありました。
要するに、狂犬病予防という名目で罪も無い犬達が毎日たくさん殺されているという現状を「人間のエゴ」であると銘打ち、その制度を導入し履行している厚生省の役人達を「マモノ」と表現し、それらに対する恨みをはらすために殺害に及んだというものでした。
犬達の命の尊さを訴える一方で、人間の命を奪ってしまったという、なんだか矛盾した考え方ではありますが、この事件で一部考えさせられる事もありました。
それは、必要か必要でないかは別としても「人々は生きて行くために多くの命を犠牲にしている」という事実が存在しているという事です。
食用として生を与えられた家畜達も、捕獲され食用にされてしまった魚達も、人間と生活環境が近いというだけで害虫とされ駆除されてしまった虫達も、数が多くなり過ぎてしまったという事とだけで殺されてしまう動物達も、もともと日本に生息していなかったという事だけで駆除対象にされてしまう生物達も…、そのどれもが言わば「人間達の勝手な都合」で、それらの命を奪ってしまっていると言う事なのです。
当然の事ながら、それらの命を奪わずしては現在の人間社会の生活は一切成り立たなくなってしまうでしょう。
大事なのは、私達人間は「人間のエゴ」で生物や動物の命を奪って生きているという事をあらためて認識した上で、奪って来た生や自然に感謝して行く気持ちを忘ずに生きて行く…、という事なのかもしれません。
簡単に命が奪われてしまうこの時代、だからこそ動物であれ生物であれ、もう一度「命の大切さ」という事を考える必要があるのではないかと思います。
posted by ITO-CHAN at 23:59| Comment(0) | TrackBack(0) | 世の中のニュース
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